クラシック音楽掲示板

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333. GO 定期,シェーンベルクのピアノ協奏曲、4月17日。 - Shigeru Kan-no URL

2018/04/18 (Wed) 23:37:41



コンサートの前に音楽図書館で桜が満開で美しかったので出しておく。チャイコフスキーのヴァイオリンとピアノのための楽譜だけ買ってきた。

何時ものように1時間前に解説。まずプログラミングの理由から。両端にメンデルスゾーンを挟んで、中間にブゾーニとシェーンベルクと言う同時代の作曲家と作品を挟んだ形。

弦楽のための交響曲第一番はまだ20歳にならないときの作品。音源をかける。ハンブルクで生まれたがユダヤ人の人種差別によりベルリンに移住。彼を世に出した先生はツェルターで、ベルリン・ジングアカデミーの指揮者。同時によく学んだ作曲家はエマヌエル・バッハのベルリン交響曲、グルックの「オルフェオ」オペラなどの音源もかける。なるほど良く似ている。

次にイタリア交響曲。当時ローマにいたのはベルリオーズが奨学金で滞在。ゲーテ?第一楽章、第二楽章の音源をかける。この曲がイタリアを志向にした「タンホイザー」にも影響したことの言及、第二楽章の旋律のもとになったイタリア民謡をかける。

ブゾーニの父親はそもそもイタリア人、母親がオーストリア人。小ピアノ協奏曲みたいな「ロマンツァとスケルツォ」はあの80分かかるピアノ協奏曲の前哨戦みたいなものか?その後、オペラの「ファウスト博士」にも同じ曲想が使われていることを音源で確認。シェーンベルクよりも保守的に聴こえるがそれでも比較的現代的には、いや近代的と言うべきであろうが聴こえる。

次にシェーンベルクは超保守的なウィーンにとって12音音楽は警察も毎回出動するくらいのスキャンダルの連続。ほどなくしてブゾーニのいるベルリンに移る。それでも頭のところにウィンナー・ワルツが後映として残っていることを音源で確認。

休みに入りロビーの展示物が代わった。今回はトイ・ピアノ、玩具缶詰、パンチされた円盤楽器・機器、オルゴール、機械仕掛けの楽器群などを良く集めたものだ。

本番のメンデルスゾーンの弦楽のための交響曲はコンバスとチェロ以外全員立つ。12型でチェロ4、コンバス3.かなりの音が出る。2楽章の走句とピチカートの対称が涼しい。3楽章のオクテットのような楽句はこのころから用意されて意味の薄い速い音の連続。10分。

ブゾーニは大きめの2管編成だが弦の規模はそのまま。ピアニストは紙のではなくタブレットに映し出された楽譜を見て演奏。良くわからないのはどうやってめくるのか不明。自動的にめくれるのなら曲の進行によって違うはず。9分。

すぐシェーンベルクで弦楽がそのままでチューバだけが加わる。打楽器4名。ピアニストは相変わらずタブレットを見て演奏している。21分05秒。アンコールに凄く速いワルツを演奏。ショパンの影響を受けたスクリャービンのものか?

メンデルスゾーンは提示部を繰り返す。ヴァイオリンは固いままだがヴィオラが今日は特に美しい。10分12秒。第二楽章は初稿で無いのが残念。6分03秒。3楽章の出はどうしてもドルチェにならないか?チェロは立派に音楽全体を支えている。信号音がやたらと大きい。6分12秒。終楽章もティンパニとトランペットが古楽器らしく何時もやたらに飛び出してくる。5分30秒。

17.04.2018 Dienstag 20:00 Uhr
Karten bestellen
K. Gerstein, Gürzenich-Orchester Köln, F. Roth: Busoni, Mendelssohn Bartholdy, Schönberg
Kölner Philharmonie

Kirill Gerstein Klavier

Gürzenich-Orchester Köln
François-Xavier Roth Dirigent

Felix Mendelssohn Bartholdy
Sinfonia Nr. 1 C-Dur (1821)
für Streichorchester

Ferruccio Busoni
Romanza e Scherzoso op. 54 (1921)
für Klavier und Orchester

Arnold Schönberg
Konzert für Klavier und Orchester op. 42 (1942)

Pause

Felix Mendelssohn Bartholdy
Sinfonie Nr. 4 A-Dur op. 90 (1833–34)
"Italienische"

Pause gegen 20:50 | Ende gegen 21:45
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte

Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

紙屋信義: Adagio - Shigeru Kan-no URL

2018/04/17 (Tue) 17:45:41


カラヤンと同じ趣向でアダージョだけを集めたもの。カラヤンの場合当時ドイツグラモフォンのスタッフはバカにして嘲笑したが、いざ出してみると売れ行きが非常にバカ売れで当時の大ヒット商品になった。それをオルガンで試したアルバムで、今回はここでオリジナルではなくて編曲物ばかりを扱うが、いずれも知られた曲ばかりで作曲者の範囲がオルガン曲の領域に閉じ込められることがなく知らないオリジナルのオルガン曲ばかりを聴くよりは疲れないので気軽に楽しめる。
収録曲
01. アダージョ 所謂アルビノーニのアダージョは管弦楽曲で有名である。これがマンネリ化するとピアノで弾くことが試みられるが、無数のレパートリーの多さに押されてピアノ編曲でコンサートに出されるのは非常に珍しい。それをオルガンに置き換えているのだが、この地味な管弦楽曲の色彩を補うのはかなりの工夫を要すると感じる。

02. デンマーク王子の行進 有名なクラークの曲。筆者はこれをポザウネンコアだけや合唱も入れて何度も指揮したことがあるが、しかしオルガン曲はほとんど未経験でこの曲だけは手を手を付けたことがないがピアノで伴奏して振ったことは良くある。自分としては少し速めにテンポでやったものだがこの曲の指定がアダージョだったかはもう覚えていないが生き生きとした曲である。

03. 主よ、人の望みの喜びよ この。有名すぎるバッハの作品は何と言ってもピアノ編曲で有名であるため、ほとんど編曲でさえも弾いたことがないが、自分でカンタータとして合唱で参加して原典を体験したことがある。

04. アリオーソ BWV 1056 バッハのチェンバロ協奏曲の第5番のアダージョは筆者も今スコアで調べたばっかりでそんなに名が通っているものではないが、原典の協奏曲を弾く人は良く弾く音楽。それも最近はピアノが多い。

05. オンブラ・マイ・フ ヘンデルの原典のオペラ「セルセ」の上演にはいまだに当たったたことはないが、このアリアだけは非常に有名な旋律でバッハとは違ったふ不変的不滅な存在である。

06. パヴァーヌ フォーレの作。何時ものように平易に書かれているがそんなに名が通った曲ではなくとも鑑賞にも非常に容易で適している。

07. 亡き王女のためのパヴァーヌ 有名なこのラヴェルの作は様々な楽器に編曲されている王者的な存在である。ここでドイツ風の渋い音は厳禁でありレガートがもう少し余分に欲しくなる。

08. ジムノペディ 第1番 有名なサティのピアノ曲。強弱が落ちないのはちっと辛かった。そもそもオルガンではほとんどクレッシェンドもできない。

09. ジムノペディ 第3番 ここでサティを入れたのは正解だったが2曲も同じ傾向の曲を入れるべきだったかは判断が分かれる。なるほど2曲分の時間的なスペースの確保は必要だったが、似た曲であるべきかは疑問。

10. プロムナード 「展覧会の絵」より このムソルグスキーの編曲は上手く行っている。教会音楽調の金管のように響けば問題が無いのだ。誰が編曲したか最後の長い音は要らないものだ。普通教会の石の壁が響かせてくれるから。

11. ラルゴ 「新世界」より ドヴォルザークはもっとイングリュッシュホルンの旋律が浮き出ていればもっと良い。それだけみんなの頭にこの管弦楽曲が入っている。コラールの色彩は文句なし。中間部がカットされてない。あったとしてもオルガには適さないが、最後の和音はもっと静かに追われる。

12. ラデツキー行進曲 ヨハン・シュトラウス・ファーターのこの曲はアダージョではないが、アコーディオン編曲にあるようにオルガンでも上手く編曲ができている。

13. 巡礼の合唱 「タンホイザー」より ブルックナーと同じくオルガン編曲には最適。スタッカートも重くなるべきなのでそんなにはっきり出ることはできない。

14. パラフレーズ (ヘンデルの「マカベウスのユダ」による)  クリスマスの音楽、自分も良く教会で毎年弾いた。ストップがたくさんあるのが羨ましい。弱い変奏曲形式。モデラートぐらいか?

15. ツァラトゥストラはかく語りき リヒャルト・シュトラウスを象徴する代表作はもちろん頭の部分。当然打楽器的な効果になると弱くなる。オルゲルプンクトのハの最低音が羨ましい。

16. ジュピター 組曲「惑星」より 中間部だけ取り出しているがこれも編曲としてはほぼ成功してる。

17. 弦楽のためのアダージョ この曲はフィルム・アカデミー時代ドイツ語でアナリーゼの論文書かせられたので良く知っている。弦楽だけなのでオルガンで表現するだけでも十分でお釣りか来る演奏。

総じて日本の音楽ホールは音響が長くないのでレガートが厳しく付けにくい。奏者が自分の著書でそのことを気にしていた気持ちが良くわかる。
http://www.hmv.co.jp/artist_Organ-Classical_000000000042373/item_%E7%B4%99%E5%B1%8B%E4%BF%A1%E7%BE%A9-Adagio_8293459
内容詳細
ドイツでオルガンと教会音楽を学んだ紙屋の3枚目のアルバムは、クラシックの名曲の数々をアレンジし、オルガンの魅力をより身近に感じてもらう趣向。安土文芸セミナリヨのオルガン(イギリス製でネオ・バロック様式)から、多彩な表情を引き出しつつ、名曲に新しい息吹を吹き込んだ。(堀)(CDジャーナル データベースより) :マイスター・ミュージック

イルヴィン・ゲージ - Shigeru Kan-no URL

2018/04/16 (Mon) 22:41:15

スイスの伴奏ピアニスト:イルヴィン・ゲージが68歳でチューリッヒで死去。

332. ベルント・アロイス・ツィマーマンのシンポジウム、4月7日MHS - Shigeru Kan-no URL

2018/04/13 (Fri) 18:19:41



生誕100年を記念して音楽祭を始めケルン音大でも連日いろんなアシンポジウムが開かれているが、土曜日の音楽学者たちを集めた最初の講演はヘアシュピール、日本語でラジオドラマと言うのか、その類だが余り筋らしい筋は無い。「すべては可能」、「すべては許されている」、「開かれた形式」のモットーの元、戦後放送局のスタジオで無数に作られたが、ツィマーマンはそのことに非常に多くかかわっていて、多数の作品を残したことはそんなに知られてはいない。コンサートで何度も再演されるのではなくて放送局のテープだけに保管されていてFM放送でたまに流される電子音楽の類であるからである。

その他の作曲家たちとの違いを示し、その後続にマウリッシオ・カーゲルを置きケルンの作曲科の教育方針の傾向の伝統が引き継がれていることを暗示している。

例えばあるヘアシュピールとバレエ音楽「ロア・ウブ」との関係。引用作曲家の大家で王者らしく、自己の作品の引用も頻繁にありほとんどパロディの領域まで達しているが、後に作られた管弦楽曲の方が洗練されていて優れている。

最後にこのようなツィマーマンの数十曲のヘアシュピールと後の管弦楽曲の引用関係の壮大な相関図を示す。

ヒルガ‐、1996年。

次にB・A・ツィマーマンのフンク・オペラ(放送オペラ)について解説と分析。講演者は事前に彼の超有名な「兵士たち」の講演や論文は無数にあるので控えるように言われたらしい。そういえば知り合いの論文のテーマも「兵士たち」であってこの題材だけは世界中にうんざりするほど無数に出回っているらしい。

このオペラの放送は1か月前にFM放送でやって聴いたが、非常にしゃべったり語る部分が多いように感じたが今回の講義はその音楽部分に焦点を当てたものらしい。

まずいろいろな版を紹介。初演の版は作曲者が自らカットした90分ぐらいの決定稿であったが、最近でもない後で再録音されたのは2時間を超す原典版らしい。オケのパート譜は63部にもなって売れないので出版社ではなくてWDRに保管されており、歌のメロディーはシュプレッヒゲザングになっているなどの違いがあるらしい。

この曲は舞台ではなくて放送を前提として委嘱されたので、後世の作品である「ある若い詩人のレクイエム」と関連して放送オラトリオとして把握すべきかは異論の余地があるようだ。その他にアウト・サクレメンタルと言うジャンルがあるらしくその分類がかなり曖昧である。

アーノルド・ヤコブスハーゲン。

書評:「風の音に惹かれて」東日本大震災とドイツ放浪  - Shigeru Kan-no URL

2018/04/10 (Tue) 19:54:31

紙屋信義著、自分流文庫 ISBN 978-4-938835-63-7 ¥1500+税

ある理想主義に燃え、原発事故を過敏に反応しすぎてしまったオルガニストの失敗談。生い立ちから留学、日本へ戻っての就職、震災後の再度のドイツへの移住、更なる日本への帰国と再就職にかけて書かれているが、その順序は必ずしも年代順ではなく若干把握しにくい。それでも最後にそこで学んだことは明確で普遍的な人生哲学でもあることが良く整理されている。そこで払った代償は必ずしも安くはなかったが、土壇場のところでいろんな運もあり、本人にとっては非常に価値のあるものであろう。

一般論で言えば福島の放射能はもちろん体への影響は0ではないが、かと言って東京の住民まで逃げ出すほど深刻でなものではないと思われても、仕事への関わりからかなりの重大な影響を受けてしまったらしい。今でも福島の住民が飛行機で受ける数分の1の放射線を受けながら特に病気が多くなったわけでもなく、大半が逃げ出さず普通に平和に暮らしている場面から見るといかにも極端な行動ではあるが、そのことへの背中を押したのは最初の留学時のとても幸せなドイツの学生生活の思い出があるのは確かである。

しかしながら現在の日本よりも極端に厳しいドイツの就職活動は無視できなく2年間もの長い滞在ヴィザがありながら4か月で帰ってしまったのもうなづける話ではあるが、せっかく挑戦したのだから2年間は頑張ってほしい思いと、年齢を考えるとたった4か月で帰った行動も賢いと言わざるを得ない相矛盾した選択肢が常に交差する現実が見えてくる。

生い立ちの部分は状況は違っても誰にでも良くある話ではあるが、日本人は普通隠してしまうのであまり出てこない貴重な話の一部である。こういう話は今自分はどういう環境で育ち今立っているのかなかなかわからないものが、第三者からの目で見るとそんなに珍しい問題家庭でもなくかなり普通に見えるのは自分だけか?

ただ著者が最初は作曲家や指揮者志望だったのにオルガンに行ってしまったのはあまりよくわからないが、最近作曲したと聴きネットに乗せてはいるものの、批判したくない立場ではあって聴くのがちょっと怖いのは自分だけかとは思ってしまう。と言うことでまだ聴いてはいないが、譜面だけの方なら一目瞭然なのですぐ見ていたと思う。

奥さんの彼女に関しても万能とはゆかなくとも、著者の欠けてるとこを良く補ってくれることで最適の存在であるには変わりないと思われるので今後の復縁を願いたい。

しかしデュッセルドルフの弁護士料の5000ユーロは高すぎると思われた。非常に腕が良くてもそれで4か月の滞在は割に合わない。やる人は3か月の合法滞在に加え1か月の旅行滞在か不法滞在で済ましてしまうだろう。家族を置いてきて現地での適応は早くとも大学まで行かせるようだが、日本の就職にはまだまだ不利なものと思われる。親の一存で娘たちの人生を決めていいものかここで少し疑問が湧いてしまう。

ある優秀なオルガニストの人生失敗談として後進の留学希望者には読んでおいて相当参考になる書物ではあるが、人生・金銭運にも相当助けられていることは書き添えなければいけない。あとがきは少し長すぎるきらいはあるかもしれない。そこで得た教訓は繰り返すにしても、もっと上手く洒落て言い換えられたらこの本はもっと価値を増すのではないかと思われる。

331. フンクハウス・オケとエクソドュス「出国」 - Shigeru Kan-no URL

2018/03/24 (Sat) 06:05:52

3月22日、ケルン

まず久しぶりにフィルハーモニー・ランチに行く。今年になってやっと初めてである。WDRの3管の第二オケであるフンクハウス・オケは2回目だが実力が上がっている。放送響より合っているのではないかと思う。メンバーがどんどん変わり東洋人がどんどん多くなり、3人のコンバスは2人までが女性が占めるようになった。メジャーに入りきれずマイナーに若手がどんどん入ってくるので実力の逆転現象みたいになっているようだ。

エルンスト・フォン・ドホナーニは指揮者クリストフの祖父。この一族は現在ハンブルクに住んでいて代々市長などの重要な要職を務める。司会はこのオケの女のマネージャーがでてアナウンサー並みに手際よくしゃべる。こういう養成も最近は音楽学の一学科としてやっているところが多く知識も十分にある人間が多い。

「交響的分単位の曲」はかなりストラヴィンスキーに近く絵画的で色彩的な音楽。作品3の「幻想的なスケルツォ」を思い出される音楽。音がよく合い夜行きたいが今夜は映画に行くので来れない。指揮者の解説の後速い第一曲5分。第二曲はコダーイかバルトークを思い起こさせ、ハンガリー音楽の彼らの様式はこの時代にすでに準備されていたものと確信した。ゆっくりとした第三曲はリゾルートで速い。2分。第四曲は遅くハンガリー原野を思い起こさせる。チェレスタが色彩的。4分。第五曲。「熊蜂が飛ぶ」ような速い音楽。
すでにバルトークを準備している。演奏もも十分に速く良く合っている。3分。

グラスはティンパニとトロンボーンが無くなりオーケストレーションがコープランドに近くなる。サクソホーン四重奏協奏曲から終楽章だけ。先週見た「エヒナートン」からは明らかに音楽が少し飽きないように変化してる。それでもやっぱり飽きるのであんまり音楽の価値は感じないが。調性があるので簡単なのでゾリスデンたちは皆暗譜でやっている。4分。客席から出るときに何時も渋滞になるが脇にイタリアおばさんが大きな声でイタリア語でしゃべっていた。

その後の音大に行ってみるが、バレエ科のGPやっていた。もうケルンのオペラには予算難でバレエ団はないが教育だけは依然として続けられている。音楽が是非必要なので音大の学科の中に組み入れられているのである。演劇科はオペラとの演出法の関係でアナウンサー科はそのレトーリックと話法で音大の中に組み入れられている。そのうち日本には指揮かや作曲科などオケに金のかからる学科は少ない。東洋人もいるがスペイン語をしゃべる学生もいる。

22.03.2018 Donnerstag 12:30 Uhr
Vergangene Veranstaltung
WDR Funkhausorchester Köln, B. Videnoff
Kölner Philharmonie

SIGNUM saxophone quartet
    Blaž Kemperle Sopransaxophon
    Erik Nestler Altsaxophon
    Alan Lužar Tenorsaxophon
    Guerino Bellarosa Baritonsaxophon


WDR Funkhausorchester Köln
Boian Videnoff Dirigent

Auszüge aus

Ernst von Dohnányi
Szimfonikus percek (Symphonische Minuten) op. 36 (1933)
für Orchester

Philip Glass
Konzert für Saxophonquartett und Orchester (1995)

30 Minuten einer Probe erleben: eine halbe Stunde vom Alltag abschalten, die Mittagspause oder den Stadtbummel unterbrechen und das tägliche Einerlei vergessen.

PhilharmonieLunch wird von der KölnMusik gemeinsam mit dem WDR Sinfonieorchester, dem WDR Funkhausorchester und dem Gürzenich-Orchester Köln ermöglicht.

PhilharmonieLunch ist für den Besuch mit Babys und Kleinstkindern nicht geeignet. Wir behalten uns vor, bei diesen Veranstaltungen Kinder erst ab dem Kindergartenalter (3 Jahre) in den Saal einzulassen.

Bitte nutzen Sie stattdessen die zahlreichen Musikangebote für Familien mit Babys und kleinen Kindern unserer Reihe PhilharmonieVeedel.


Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

その後、日本文化センターに行ってアニメを30分だけ見る。2007年の「秒速5センチメートル」。アニメなので台詞は別に取るので音響が良く聴きやすい。毒にも薬にもならない筋だが映像も美しい。しかし第一部だけで退散。

8時から演劇の建物でドキュメンタリー映画「エクソドゥス/出国」を見る。フリーのカメラマン監督らしくてWDRとRBBの放送局を味方に入れて解説。昨日がベルリン・プレミエで今日がケルン・プレミエだそうだ。難民のドキョメント映画で出演者を始め放送関係を引き込んでコネも十分に作っている。

まずアラビアの映像。サハラ砂漠の真ん中の人々の「自由」らしい絵文字をドローンで撮っている。シリアの女の射撃訓練とブラジルに逃げ込む難民。アフリカ黒人のナポリの風景。スーダン現地の難民の様子。すべて英語でインタビューがなされている。トーゴの難民。東ドイツの自由の無し難民施設。ミャンマー難民は現在話題のロンギアではなくてキリスト教徒も仏教徒が迫害受けてて中国国境の生活の映像。アルジェリアの国連の給水車トモロッコ難民。それで死んだ人たちの墓場の映像。サハラ砂漠のおばあさんの地雷の掘り出しと処理。ドレスデントケルンのライン川上の人種差別反対のデモ。アフリカ現地の祭りの風景。

またミャンマーで銃を構えて見張る兵士。キューバに行った難民の映像。ギーセンの難民収容所。またブラジルのその後を撮影。アルジェリア。コンゴ。

ロケ地の各国に協力者がたくさんいてこの映画は出来上がった。

最後に出演者によるディスカッション。監督や協力者だけじゃなて今出た本物の難民・主演も出てくるが電車のために帰る。かなり長いが今後TVで放送されることは確実。
Exodus
Regie Hank Levine
Laut UNHCR sind aktuell über 200 Millionen Menschen auf der Flucht. Flüchtlinge sind ein globales Phänomen, die geopolitischen Hintergründe komplex. „Exodus“ erzählt die Geschichten hinter den Statistiken und begleitet über einen Zeitraum von rund zwei Jahren fünf Protagonisten aus vier Erdteilen auf ihrer Odyssee. Dabei sind die einen noch unterwegs und kommen nicht zur Ruhe, die anderen sind aufgenommen im Lager oder Heim als transitorischem Ort, oder schon angekommen in einem unbekannten Land. Die anderen kehren nach Jahrzehnten zurück in ihre ehemalige Heimat, die nicht mehr dieselbe ist. Mit ihnen erlebt der Zuschauer die ungeheure Anpassungsfähigkeit von Menschen in Ausnahmesituationen, aber auch ihre Kraft, mit der sie ihremSchicksal begegnen.

D / BRA 2017 | 105Min. | OmdtU | Regie Hank Levine

Re: 331. フンクハウス・オケとエクソドュス「出国」 - Shigeru Kan-no URL

2018/03/26 (Mon) 22:39:03

ヴェネズエラのエル・システマの創設者ホセ・アントニオが死去。

330. ボンのエヒナートン、3月16日 - Shigeru Kan-no URL

2018/03/18 (Sun) 05:01:31



まずサンクト・アウグスティンに回ってあそこに新しくできたIT大学にコンサートのチラシを置きに行ってくる。帰りに市庁舎の広場にタンツグロッケンシュピールを発見する。昔これに作曲してCDにしたので非常に懐かしく思える。http://archive.is/14QQ5 あいにく子供が遊んでいたので自分は試さなかったがまた来るので何時か試そうと思う。

ボンの市内はアラブ系のデモがあった。プラカートが無いので誰が何を主張しようとして行進してるのがわからなかったが、今日のニュースを見て初めて分かった。エドアンのシリア侵略の爆撃の抗議らしい。クルド族もアルメニアのように滅ぼされようとしていて大変である!

夜のエヒナートン(アクナーテン)と言う3番目のミニマル・オペラは何回かシュトットガルトのグラスの初期の3部作と言うことで連続して見たが、ボンではすでにサティアグラハを見ている。最初の「浜辺のアインシュタイン」を上演できないのはその長さでカネが底を付くからであろう。この1番目のオペラは本体が3時間40分もかかる上に上演の前から演奏が90分も始まっていて聴衆を入れないで聴かせないことが指定されている。結局は5時間10分かかるのでオケのギャラが軽く倍超えてしまうのである。観客動員力はミュージカル並みで現代オペラではなくポップ・オペラの範疇である。

まず音楽の前の序劇、荒れた学校の授業の様子から始まる。生徒は皆体の小さいバレエ団である。いかにもアメリカ映画によくある舞台設定であるが説明やセリフはミュージカルのようにドイツ語で行われる。音楽が始まってそれに合わせてわさわさする。ファラオの子供が入ってきて授業を邪魔して騒いでいる。アメノフィスIII世。

地下の舞台が地上に舞台を押し上げて合唱団が歌っている。荒れた学校の表現はますます酷くなっていく。生徒の一人を全裸にして髪を切る。片方の教室では踊りがまだ続いている。動きがミュージカル並みに激しく視覚的に飽きない。これは意味の全くないミニマル音楽だから自由に解釈できる演出ができるということであり、音楽の中身は内容のない映画音楽と全く変わっていない。

次に机を並べ替えてみんなが犬食いを始めて中毒で全員倒れる。後ろでは生殖行為が行われている。また舞台が上下し後ろの舞台が沈む。とにかく音楽が悪いだけ演出も振り付けもとても上手く行く。第一幕70分。

後半は第二幕と第三幕が繋がっている。オペラのように音楽を聴く舞台設定ではなくて、舞台を見るための意味のない音楽設定は、丁度音楽の内容そのものを聴くための全く退屈な舞台演出のワーグナーの音楽と正反対である。繰り返しの音楽はやり易いが更に機械でやれば演奏もより完璧になる。幕が開くと講演と言うよりもエジプトの遺跡探訪の様である。

初めからどんどんバレエ団が出っ放しで駆け回るが、こんなところで気を抜いたのかチェロが合わなくなるほとんど歌が少ないバレエ音楽。モーツァルトのように遊んでいるが中身だけは全然ない音楽で演出が自由に独り歩きしている。

壁に天使や神の名前を書いて順次に否定していき最後にハトのような花を加えた鳥が描かれるが、その速さと上手さは専門の絵描きであると思われる。次に戦争の映像、過去のか今の中東付近なのかはわからなかった。

更にバレエのさっき一旦裸にされた一人が殴り殺され処刑される。爆弾で回りのすべての壁を吹き飛ばし最後に全員死ぬがすぐに生き返る。

また学校の中、生徒が先制と和解してやっとまじめに勉強する風景。徐々に教室が静かになっているが、後奏がR・シュトラウスのように非常に長い。60分で計2時間10分。
PHILIP GLASS
Oper in drei Akten
Libretto vom Komponisten in Zusammenarbeit mit Shalom Goldman, Robert Israel und Richard Riddell sowie mit Originaltexten von Shalom Goldman
– in deutscher, ägyptischer, akkadischer und aramäischer Sprache –

Zu den größten Erfolgen der Oper Bonn zwischen 2003 und 2013 gehörte zweifelsohne die Produktion von Philip Glass’ Oper SATYAGRAHA, des zweiten Werks der sogenannten Trilogy, einer Reihe von drei Portraitopern des US - amerikanischen Komponisten über Albert Einstein, Mahatma Gandhi und den schillernden ägyptischen Pharao: Nach dem großen, weithin strahlenden Erfolg von Achim Freyers SATYAGRAHA-Inszenierung schrieb Glass AKHNATEN (oder eben, in deutscher Schreibung, ECHNATON) für die Oper Stuttgart unter ihrem Generalmusikdirektor Dennis Russel Davies (der anschließend nach Bonn wechselte). Das Werk erlebte am 24. März 1984 ebenfalls in Stuttgart, wiederum von Freyer produziert, seine Uraufführung. Wie schon in den beiden vorangegangenen Werken EINSTEIN ON THE BEACH und SATYAGRAHA stellt der Komponist auch mit ECHNATON eine für die Entwicklung ihrer jeweiligen Epochen maßgebliche Gestalt ins Zentrum: Der titelgebende Pharao schaffte im 14. vorchristlichen Jahrhundert die bis dahin geltende Vielgötterei ab und ersetzte sie durch einen monotheistischen Kult, der als einzige Gottheit die Sonnenscheibe Aton anerkannte. Seinen ursprünglichen Namen legte er ab und nannte sich „der Aton dient“ – Echnaton. Die Anhänger der neuen Religion wurden zu Bilderstürmern gegen das Alte, was zur Folge hatte, dass schon der zweite Nachfolger des Pharaos, Tutanchamun, nicht nur den Polytheismus wieder einführte, sondern das Andenken an Echnaton verdammte. Der Bringer von Licht und Vernunft stürzte ins Nichts.
Mit Laura Scozzi inszeniert eine Regisseurin das Werk, deren BENVENUTO CELLINI das Bonner Publikum im Sturm erobert hat.

HINWEIS | Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere
ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich
auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
Besetzung
Echnaton
Benno Schachtner
Nofretete
Susanne Blattert
Teje
Marie Heeschen
Haremhab
Giorgos Kanaris
Der Hohepriester Amuns
Johannes Mertes
Ajeh
Martin Tzonev [P] [11.3.|16.3.|23.3.|21.4.|29.4.|9.5.|31.5.|14.6.|20.6.|28.6.]
James Homann [12.4.|13.5.]
Zwei Töchter
Rose Weissgerber* / Sheva Tehoval*/**
Amenhotep
Thomas Dehler
Tänzerinnen und Tänzer
Phaedra Pisimisi, Francesca Perrucci, Shan-Li Peng, Juliane Bauer, Katharina Therese Glas, Javier Ojeda Hernandez, Katharina Platz, Michal Czyz, Diego de la Rosa, Yunjin Song, Tobias Weikamp, Muwala-Paulo Lando, Simon Wolant
Chor / Extrachor des THEATER BONN
 
Beethoven Orchester Bonn
 
Musikalische Leitung
Stephan Zilias
Regie
Laura Scozzi
Bühne
Natascha Le Guen de Kerneizon
Kostüme
Fanny Brouste
Licht
Friedel Grass
Video
Stephan Broc
Choreinstudierung
Marco Medved
Dramaturgie
Johanna Mangold
Regieassistenz und Abendspielleitung
Mark Daniel Hirsch
Studienleitung
Julia Strelchenko
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz
Dieter Hauber
Inspizienz
Tilla Foljanty
Sprachcoach
Stefanie Wüst
Regiehospitanz
Dorothee Pahnke
* Student im Rahmen der Kooperation mit der HfMT Köln
** gefördert von den Opernfreunden Bonn

ミルコ・ケレメン - Shigeru Kan-no URL

2018/03/14 (Wed) 18:39:12

クロアチアの作曲家:ミルコ・ケレメンが死去。94歳。https://www.tportal.hr/showtime/clanak/umro-milko-kelemen-pokretac-muzickog-biennala-zagreb-20180308

329. ケルンの「マノン」、3月9日 - Shigeru Kan-no URL

2018/03/11 (Sun) 05:04:48



まずこのオペラはプッチーニの「マノン・レスコー」よりはなかなか上演されないので40分前に解説があった。筆者も30年以上も前の年末に一回だけウィーン国立歌劇場で見ただけである。1884年にパリのオペラ・コミックで初演されたロマン小説に題材を求めた台本によるオペラ化で台本作者は「音楽劇の歴史」の本を書いた人でもある。

指揮のクロード・シュニッツラーは苗字がドイツ語なのでドイツ人かと思ったが、祖先をドイツに置くフランス人でアーノンクールらと反対の立場の指揮者である。ネーティヴ・フランス人なのでフランス語は信用できるらしい。演出はもうここのケルンですでにアイーダ、オルフェウスなどを演出したのでこれも信頼がおけるらしい。衣装を1950年代に置いて演技をやってもらう。

マスネの音楽はセンチメンタルで甘いという批判があるが、ここではそれは無いと否定して解説。

もちろんこのオペラはプッチーニの「マノン・レスコー」とよく比較される。筋がほぼ同じなのは第一幕と第二幕で第三幕以降がプッチーニのそれとは違っている。

上演の前にもう外とロビーで演技が始まっている。雨の降りそうな外ではアコーディオンが鳴りロ、中の暖かいビーでは女の人がテーブルに悩み多くうつぶせになって座っている。

実際の会場の音響は今回は凄く成功している。まずオケを客席に近くしたこと、人形劇のような細長い舞台を普段よりも高くし、天井を若干後ろに傾け歌が後方に行かないでオケから分離してはっきり聴こえることにしたこと。これで少なくとも本来のオペラハウス並みの音響になった。

上演の前に言い訳男が出て来て今回は歌手の一部が風邪を引いているがそれでもなんとかやるということで「ブー」などは避けてくれるようにお願いした。

オケは出だしはそんなにバランスがわかっているのでもないらしい。薄いカーテン付けたまま歌手は歌う。やっとカーテンが降り細長い舞台は壮麗でもある。40分34秒。

休みなしで第二幕。細長い分だけ奥にも2つ舞台が重なり合ってそれぞれ机に人が頭を抱えている。カルメンのようにたくさん台詞が入っているのでフランス語がわからないと指揮はできない。ここまでで68分07秒。

休みなしの第三幕。着せ替え人形のような遊び。マネキンなのか人なのか良くわからない。
股裂きをして前に倒す。韓国人のセリフにもフランス語でしゃべるが全く訛りの無いのには非常に驚いた。良くトレーニングしたらしい。黒人も合唱に入って歌うので現代のパリのフランスらしい。トロンボーンの脇の席はチューバではなくてアコーディオンだった。バレエのペアがパントマイムで踊る。主要主題を歌う合唱が出て来てここまでで1時間41分00秒で切り1回しかない休みに入る。

またロビーで男の人が机に座って思索にふけった演技をしている。トランペットは無くコルネット2本でやるのは、「カルメン」みたいなオーケストレーションであるが番号オペラではなく、プッチーニ同様ワーグナーの影響をかなり受けていると言われる。第三幕の後半はオルガンで女声合唱で始まる。22分40秒。

第四幕はワルプルギスの夜のような音楽。きらきらと光る中でのバレエは美しい。「スペードの女王」のような展開。ここまで45分30秒。

第五幕は楽譜通りではなくてシャンソンの録音された音楽から始まる。死の前の終幕と言う感じで、合唱もアコーディオンを持ってくる。「ボエーム」か「ホヴァンシチーナ」のような終幕の風景である。しかし最後の和音は「ゥェルテル」のような長三和音で終わるからやはり曲が甘いと言われても仕方があるまい。ここまで62分48秒。

Jules Massenet
Manon
Opéra-comique in fünf Akten (sechs Bildern)
von Henri Meilhac und Philippe Gille nach dem Roman »Histoire du Chevalier Des Grieux et de Manon Lescaut« von Abbé Prévost
Musik von Jules Massenet (1842 - 1912)
Mär 18 Zu dieser Veranstaltung findet eine Begleitveranstaltung statt.
StaatenHaus Saal 1 / 19:30 – 22:45 / Vorstellung / 12 € - 81 €
Begleitveranstaltung
Mit Kurzeinführung in Saal 3 ab 40 Minuten vor Vorstellungsbeginn.
Inhalt
Der Roman »Histoire du Chevalier Des Grieux et de Manon Lescaut« des Abbé Prévost, erschienen 1731, schildert die Entwicklung einer schicksalhaften amourösen Verbindung im Geiste des Rokoko, die bis heute bewegt und interessiert, auch was die Ambivalenz der geschilderten Gefühle betrifft. Die Vertonung dieses … Stoffes durch Jules Massenet, mit der er sich zur lyrischen Tradition der Opéra­-comique des 19. Jahrhunderts bekannte und zu Lebzeiten eine große Reputation sicherte, wurde nach seinem Tod eine Zeit lang als sentimental abgetan und in der Beachtung deut­lich hinter der kurz darauf entstandenen ungestüm-­leidenschaftlicheren »Manon Lescaut« des Italieners Giacomo Puccinis eingeordnet.
Erst zum Ende des 20. Jahrhunderts besann man sich wieder auf die besondere Qualität dieser im besten Sinne »französischen« Partitur, die mit der ihr eigenen Subtilität und flexiblen Wort­-Klang­-Feinzeichnung atmosphärische und psycho­logische Stimmungsbilder auf das Genaueste vermittelt – und dabei nicht zuletzt ein großes Fragezeichen hinter die im Fokus der Betrachtung stehende Liebes­geschichte setzt.
Manon liebt den ihr ergebenen Des Grieux, mit dem sie vor dem Kloster flieht und für kurze Zeit in wilder Ehe zusammenlebt, doch vor allem liebt sie es, beachtet zu werden und sich in den Blicken anderer zu sonnen. Sie besitzt die Gabe, mit ihrer Erscheinung zu glänzen und zahlungskräftige Männer dazu zu bringen, die Rech­nungen zu begleichen. Die Momente der Bewunderung, die man ihr zollt, sammelt sie wie Trophäen, doch die Zeit ihrer Triumphe auf diesem Feld – etwa als gefeierte Schönheit auf der Promenade Cours de la Reine – währt nicht lange. Am Ende, wenn sie auf dem Weg in die Deportation auf einer Landstraße im Sterben liegt, ist es wieder (der mittellose) Des Grieux, der sie in den Armen hält – jener Mann, der für sie alles aufs Spiel gesetzt hat und am Ende mit ihr alles verliert.
Inszenierung
Der französische Maestro Claude Schnitzler, der in Köln zuletzt »Tosca« und »Turandot« leitete, steht am Pult. Es inszeniert Johannes Erath und legt damit – diesmal im Bühnenbild von Herbert Murauer – nach »Orfeo ed Euridice« und »Aida« seine dritte Kölner Regiearbeit vor. Dabei kommt es u. a. zu einer Wieder­begegnung … mit dem brasilianischen Tenor Atalla Ayan, der sich das Publikum der Oper Köln bereits mit seinen Auftritten in Donizettis »L’elisir d’amore« und »Lucia di Lammermoor« erobert hat.
»Meine Schönheit allein, sie regieret!« (Manon, III. AKT)
Besetzung
Musikalische Leitung Claude Schnitzler / Inszenierung Johannes Erath / Bühne Herbert Barz-Murauer / Kostüme Gesine Völlm / Video Bibi Abel / Licht Nicol Hungsberg / Chorleitung Sierd Quarré / Ballett-Choreografie Athol Farmer / Dramaturgie Georg Kehren /
Manon Lescaut
Zuzana Marková / Netta Or / Sydney Mancasola
Poussette
Menna Cazel
Javotte
Marta Wryk
Rosette
Dara Savinova
Chevalier des Grieux
Atalla Ayan / Jeongki Cho
Graf des Grieux, dessen Vater
Nikolay Didenko
Lescaut, Manons Cousin
Wolfgang Stefan Schwaiger
Guillot de Morfontaine
John Heuzenroeder
de Brétigny
Insik Choi
Wirt, Pförtner, Croupier
Julian Schulzki
zwei Gardisten
Zenon Iwan /  /
Kevin Moreno /  /
Tänzerin Double Manon
Franziska Gassmann / Tamara Gigauri
Tänzer Double Des Grieux
Dwayne Holliday / Ivica Novakovic
Akkordeonist
Marko Kassl / Filip Erakovic
Chor
Chor der Oper Köln
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

ヘスス・ロペス・コボス - Shigeru Kan-no URL

2018/03/02 (Fri) 23:56:02

スペインの指揮者、ヘスス・ロペス・コボスが死去。78歳。ベルリンドイツオペラのGMDでしたね。

Re: ヘスス・ロペス・コボス - Shigeru Kan-no URL

2018/03/03 (Sat) 14:45:51

死因はガンだったらしい!


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